>

前身は「患者先生」が開いた“ベッドスクール”

  西多賀支援学校の歴史は、昭和29年8月に国立玉浦療養所内の患者が自主的に教師となって始まった私設養護学級にさかのぼります。
  昭和32年4月に岩沼町立玉浦小・中学校矢野目分校(愛称:玉浦ベッドスクール)として公立学校となり、さらに昭和35年7月に仙台市立 西多賀小・中学校療養所分校(愛称:西多賀ベッドスクール)となりました。
  そして昭和48年4月宮城県立西多賀養護学校として開校, 平成21年4月1日に宮城県立西多賀支援学校と校名を変更し現在に至ります。

【写真】左から順に、国立玉浦療養所玄関、西多賀療養所分校の校門、分校の授業風景、学校付近の林に作られた散歩道「友情ライン」を散策。

宮城県の病弱虚弱教育の拠点として発展

  開校後の西多賀養護学校は、宮城県の病弱虚弱教育の拠点として発展しました。

  昭和53年4月には、翌年度からの重症心身障害児教育の義務化に先立って、重心部が発足。
また山元分校が山元養護学校として独立しました。平成6年には病弱養護学校としては県内で初めて高等部が設置され、 さらに平成13年には西多賀病院と連携して、校内で放送大学の利用ができるようになり、高等部の生徒が受講を始めました (養護学校としては日本初の試み)。また平成15年の県立こども病院の開設に伴って同病院内に分教室が設置されました。
  平成19(2007)年には創立50周年を迎えました。

   平成21年4月に校名が「西多賀支援学校」に変わりました。